東京国立博物館で開催中の特別展『やまと絵展 受け継がれる王朝の美』(2023年10月11日(水)〜12月3日(日))の内覧会に行ってきました。
教科書に載るレベルの資料があそこにもここにもあり、じっくり見ていたら気がついた頃には3時間たっていました。質・量ともに、さすがトーハク!な展覧会です。
『やまと絵展』は2週間ごとに展示替えを行います。
会期①(10月11日(水)〜22日(日))の見どころは、30年ぶりに同一会場に集結する4大絵巻です。
- おすすめの絵巻鑑賞方法
- 伴大納言絵巻(平安時代・12世紀、東京・出光美術館)
- 信貴山縁起絵巻 飛倉巻(平安時代・12世紀、奈良・朝護孫子寺)
- 鳥獣戯画 甲巻(平安〜鎌倉時代・12〜13世紀、京都・高山寺)
- 源氏物語絵巻 関屋・絵合(平安時代・12世紀、愛知・徳川美術館)
- 四大絵巻を見られる幸せ
おすすめの絵巻鑑賞方法
モリタが絵巻を鑑賞するときは、当時の人々の鑑賞方法を頭の中で再現しています。
本来絵巻は、左から次の場面を広げ、広げた分を右側から巻き取り、肩幅くらいの長さが広がっている状態をキープして読み(観?)進めていきました。
展覧会では、視野を肩幅くらいにとどめて少しずつ左にずれて鑑賞していくと、当時の人の追体験ができます。
コツは、先が気になっても、左側をチラッと見てしまわないこと! 極力正面だけを見て左にずれていきましょう(もちろん、周りの人にはぶつからないように)
伴大納言絵巻(平安時代・12世紀、東京・出光美術館)
平安時代前期に起きた応天門炎上事件に取材した絵巻です。
冒頭、うろたえて逃げ惑う人々だけが描かれます。彼らはみんな絵巻の画面左側に視線を向けていて、この先には一体何が…と思わせるドラマチックな導入です。
まるでゴジラ映画のよう。
進んでいくと黒煙が現れ、画面を浸食していきます。さらに進めていくと、画面を覆いつくす禍々しい炎。
絵巻の鑑賞方法を存分に活かした迫真の場面展開です。
実物を見ることでこの場面展開に「間」が効果的に使われていて、火災現場が現れるまでの緊張感がどんどん高まっていくのがよくわかりました。
本やWEBでは人物や事件の描かれた部分だけが抜粋されているので、「間」を楽しめるのは実物をならではです。
所蔵先・出光美術館の公式サイト
信貴山縁起絵巻 飛倉巻(平安時代・12世紀、奈良・朝護孫子寺)
実物をしっかり見たのは初めてなのですが、なんて楽しい絵巻なんでしょう。
所蔵する朝護孫子寺の開祖・命蓮をめぐる物語を描いた絵巻です。会期①で展示されているのは飛倉巻。
命蓮が信貴山(現在の奈良県と大阪府の境)から鉢を飛ばして托鉢をしていたところ、長者がこれを渋ったため、鉢で長者の米蔵を持ち上げて信貴山まで飛行させました。
蔵を追いかけてきた長者に大して、命蓮は「倉を返すことはできないが(なぜ?!)、中の米だけなら返しましょう。」と伝えます。
命蓮の鉢が米俵を乗せて浮かび上がると、ほかの米俵も雁のように連なってお屋敷に戻ってくる。それを驚いて見る台所の女性たち…というお話です。
主題は命蓮の起こす奇跡なんだけど、自分は修行の場から動かずにドローン感覚で托鉢しているのも、渋られたからって「じゃ、米蔵ごといただきますわ」と持って行ってしまうのも、おいおい!って感じ。
本展示のテーマから考えるこの絵巻の見どころは、美しく穏やかな自然の描写と、アニメの原画のように生き生きと描かれた人々の対比でしょう。
米蔵や米俵が山を越え川を越えて信貴山と屋敷の間を移動するのですが、その山水の表現がとても良いのです。
特に、蔵を追いかけている山中の長者達を描いた場面がよかったです。
一休みしながらも蔵を見失わないように目で追い続ける長者達。蔵を見逃すまいとする人間たちに対して、自然はただそこにあるだけ。
山中に長者達の息切れや話し声と、鳥の声だけが聞こえるような静謐とした描写が良かったです。(図録にこの場面が無いのが残念)
一方、浮かび上がった蔵を追いかける人々はイタズラしたカツオを追いかけるサザエさんのように躍動感があってとても楽しい。前傾姿勢で髪や衣がほぼ水平にたなびく描写が、ほんと、そのまま動き出しそう。
2016年に奈良国立博物館で信貴山縁起絵巻メインの展示を行なっているんですね〜。
重要文化財の鉢も展示してある…!
鳥獣戯画 甲巻(平安〜鎌倉時代・12〜13世紀、京都・高山寺)
2014年京都国立博物館『修理完成記念 国宝 鳥獣戯画と高山寺』ぶりに実物を見ました。
甲巻は鳥獣戯画の中でも最も有名な、ウサギやカエルをはじめとした動物たちがいきいきと描かれている巻です。
今回は本展のテーマから、自然の描写に注目して見てみました。
そこで初めて気づいたのですがハギ、ナデシコ、(多分)ススキ、クズ(葛)などの秋の草花がポンポンと描かれているのです。相撲の場面に描かれたハギはかなり立派。
ウサギたちが遊んでいるのは秋の山なんですね。カエル仏像にたくさんのお供え物をする場面も、秋だからこそ。納得。
迷いなく、そして力みも感じられない線でさささっと描かれた植物たちから、改めて本絵巻の謎の作者の高い画力を感じました。
図録にも描線についての解説がありました。
一つ一つの描線は起筆の打ち込みや払いの痕跡が明確な、肥瘦のある伸びやかなもので、筆運びや筆致の差を明確にたどることができるものである。つまり、描き手個人の技量に委ねられた恣意的な描線である。(中略)こうした描線は、白描のやまと絵に見られる描線とは根本的に異なる。
何度見ても想像をかきたてられて飽きない絵巻です。
所蔵先・高山寺のサイト。画像がたっぷり載っていて嬉しい!
源氏物語絵巻 関屋・絵合(平安時代・12世紀、愛知・徳川美術館)
てっきり源氏物語成立と同時期に描かれた絵巻だと思っていました。院政期だったんですね。
残念ながら、この絵巻の良さがまだモリタにはいまいちわかりません。
どちらかというと「静」より「動」が好きなんです。
とはいえ、いずれよさがわかるようになった時に、そういえばあの時見たなぁ…と思えるようにじっくり見てきました。
所蔵先・徳川美術館公式サイト
四大絵巻を見られる幸せ
それぞれの絵巻がたっぷりと広げて展示されており、それだけでひと展覧会成立してしまいそうな贅沢な空間でした。
国宝の絵巻を広げて、また巻き戻す緊張感を考えると頭が下がります。
博物館や美術館に行くたびにしみじみ、現代に生まれた幸せをかみしめます。
もしモリタが平安時代に生きていたら、貴族に生まれていないと四大絵巻の存在を知ることすらかなわないでしょうからね。