こ゚縁あり、歌舞伎座で八月大歌舞伎1部と2部を見てきた。
2部はチケットWEB松竹で1等席含めてすべて完売の状態。玉三郎さんと染團を一度は見てみたいと幕見席に挑戦しようと思っていたところだったので、貴重な機会を噛みしめてきた。

日本振袖始(にほんふりそではじめ)
1幕目は近松門左衛門作『日本振袖始』 。元々は時代物浄瑠璃で初演は享保三年(1718)。
美しい妹コノハナサクヤヒメに思い人を奪われた石長姫(いわながひめ)だが、実は八岐大蛇(やまたのおろち)の化身(!)。世の中全ての美女を妬み、喰らいつくさんと毎年美しい娘を生贄として捧げさせている。
日本神話から八岐大蛇の話と石長姫の話を掛け合わせようというのが、300年経っても斬新。すごいなぁ門左衛門。
生贄として村人に連れてこられる米吉稲田姫(いなだひめ)。全身真っ白の衣装がなんとも儚くてかわいい。
守ってあげたい…と思いながら見ていたら、スッポンから真っ赤な着物の女が音もなく登場。
思わずうわっとなる。怪談に出てくる不自然なシチュエーションの美女そのもの。
被っていた着物を取ると、ゾッとするほど美しい中村七之助。
素戔嗚(すさのお)が用意した八つの瓶(かめ)に頭を突っ込んで、がぶがぶ酒を飲みだす。
美女の姿でありながら、欲望に忠実に振る舞う動作のギャップに目が離せない。
酔っ払いながら盃を重ねてゆく舞のさなかに、お酒に映った自分の醜さに慄く仕草が印象に残った。
先日見た宝塚歌劇星組『阿修羅城の瞳』を思い出す。後に素戔嗚に対峙した際に現した本性の醜さよ。あの姿がお酒に映っていたのだろうか。
どんどん酔っていく石長姫。
歌舞伎初心者なので、人ならざるモノを演じる舞踊を見たのはこの日の1部『猩々』が初めてで、この『日本振袖始』で2回目。
その凄みがすっかり癖になってしまった。もっと見てみたい。
米吉稲田姫が七之助石長姫にひとのみされ、奈落へ沈んでいってしまった。食われる瞬間にのけぞる稲田姫が壮絶ながらも美しくて、歌舞伎の女形の芝居ってすごいなと思う。
誰もいなくなった舞台に現れた大薩摩と、立ったまま演奏する三味線のかっこいいことよ。
これから活劇が始まる気配ぷんぷん! 素戔嗚の登場に期待が膨らむ。
バンバンバン!と大きな足拍子とともに素戔嗚登場。
美女が乙女を食らう、妖艶で背徳的な場面の余韻を切り裂く染五郎素戔嗚の陽属性っぷり。
歌舞伎を見るたびに足拍子が好きになっていくなぁ。
先日見た歌舞伎『刀剣乱舞』の三番叟も、かっこいい足拍子だった。
(うとうとしている時に目が覚める効果もある)
素戔嗚は、若い! 元気! 荒々しい! を人の姿にしました!って感じ。狩衣がこれでもかと大きくて、迫力があった。
染五郎の太くて明るい声がいいんだよねぇ。まるで少年漫画の主人公。
計画していた
・毒の酒で弱らせら
・稲田姫に持たせていたハバキリの剣で倒す
がどっちもうまくいってないのがツッコミどころだけど、特に気にしてなさそう。
結局腕力で乗り切っている。
何しろ初見なので、再登場した石長姫の本性に目を疑った。中村七之助=きれいなお姫様という事前知識しかなく、あんなビジュアルをお見せしてくれるのか!と感激にも似た驚き。
7人もの演じ手たちによる大蛇の首の演出。このような演じ手たちをイヤホンガイドで「歌舞伎の宝」と表現していた。そして七之助の禍々しくも余裕のある動き。
見せ場でピシッと止めてくれるのが嬉しい。人間の目にもカメラ機能があったらいいのに。
8人に対して奮戦する素戔嗚。
ついに大蛇の腹を切り裂き、コロコロっと米吉稲田姫が転がり出てくる。
王道のヒーローとヒロインのお話だ。
かつて素戔嗚が大蛇に奪われた十束の剣を、大蛇の腹の中で手に入れていた稲田姫。かわいい上にしごでき。
戦闘が終わり幕が降りる時に、映えのためだけに大蛇が復活するのも面白い。
「ここ!ここを舞台写真にしてね!(江戸時代だったら)錦絵にしてね!」が、わかりやすい。
見どころたっぷりでスカッとするお芝居でした。
続いて、2部『火の鳥』の感想。
火の鳥
いよいよやってまいりました。坂東玉三郎演出、火の鳥。
染團を見るのも実は初めて。新春浅草歌舞伎で染五郎くんだけは見たのだけど、團子くんはいなかったのでした。
大王(おおきみ)の治める国では、血で血を洗う争いを繰り返し、多くの国に攻め入って領土を広げてきました。しかし、病に苦しみ老いた大王は、永遠の力を持つ火の鳥を我が物とすることで未来永劫に続く命を得ようと考えました。火の鳥の捕縛を命じられた二人の王子、ヤマヒコとウミヒコは、古来より火の鳥が棲むとされる遥か彼方の国へと旅に赴きます。二人は黄金に輝く不思議な林檎の木が生い茂る苑で、イワガネと名のる人物に出会い…。
バレエや漫画などの題材にもなってきた「火の鳥」が、このたび、新作歌舞伎として誕生します。演出・美術原案にはオペラ演出を手掛ける原純。演出も手掛ける玉三郎が火の鳥、幸四郎が大王、新悟がイワガネ、染五郎がヤマヒコ、團子がウミヒコを勤める、壮大かつ神秘的な世界にご期待ください。
結論から言うと、すっかり、染團、好きになってしまった。
ほぼ当て書きの脚本の力もあると思うのだけど、陽の染五郎ヤマヒコと陰の團子ウミヒコのバランスがすっごくよかった。
兄ヤマヒコがよくできすぎていて、光輝きすぎている。弟ウミヒコはいままでどんな思いで兄を見てきたのだろうか。團子くんのセリフ一つ一つに、ウミヒコのこれまで人生がにじみでていた。
輝いている側から影は見えないんだろうなぁ。
なんとか父の目に自分も止まりたいと火の鳥捕縛の旅路への参加を申し出て、あくまでも兄の補佐だと念押しされて同行を許可されるウミヒコが健気。
ヤマヒコをどこかで殺して自分がとって替わる計画を立てることだってできたのに、それはまったく思いもしていない様子。ウミヒコ生来の素直さに感じ入ってしまう。
2人の道行の場面では、ピアノの美しい旋律ともに無音劇が繰り広げられる。
これも歌舞伎の範疇なのかな? 新作歌舞伎ってすごく自由度が高いんだなぁ。
砂漠を超えて、見るからに標高5,000m級の山の頂に立ち(なぜ??)、風吹き荒ぶ草原を進む。
息子たちに火の鳥捕縛を命じるにあたって、火の鳥を入れる金の箱を用意するのなら、息子たちの安全のための装備も一緒に用意してあげてよ大王よ…。
幕の奥から客席に現れた兄弟。
兄ヤマヒコの頼もしさと、弟に向けた優しさといったら。お客から見たらうっとりだけど、弟からしたら全てが悔しいのかもしれない。
ウミヒコのほうがちょっと背が高くて、ヤマヒコが見上げるかたちになる。スタイルのバランスも素晴らしかった。
これは、染團を好きになってしまうなぁ。
火の鳥が現れてからは、玉三郎さんが場を掌握していた。
休演後の公演だったが体調不良は感じられず、動きの優美さに驚かされた。
ヤマヒコが獣に連れ去られて初めて、自分の中の野心を自覚するウミヒコ。
あの時の笑顔のすごみといったら。
1人になって帰国するウミヒコ。捕らえた火の鳥を見せれば、自分が国にとっての太陽になれる、と興奮が隠せない。でもその裏に、兄への後ろめたさがありそうに感じる、團子くんの繊細な演技。
前方席だからと油断して、オペラグラスを持っていかなかったことを後悔した。
火の鳥が王宮に現れてからは、準主役はすっかり幸四郎大王。
赤子のように声をひっくり返して
「教えてくれ! 永遠とはなんだ! 火の鳥よ…!」
と火の鳥に縋りつく演技の壮絶なこと。
『ハウルの動く城』の荒地の魔女のように取り乱して這いつくばる大王松本幸四郎。
これだけ父を取り乱させる死への恐怖と、「永遠」への渇望。王子たちはどう感じたんだろうか。
「永遠」について、火の鳥の説明は長く抽象的で、1回で理解できる気がしなかった。
マグマ? 宇宙? 心? 観客も、教えてくれ!と叫びたい。
観客としては大王に共感してしまう。
王子達(特にヤマヒコ)はあまりにも清らかで美しすぎる魂の持ち主なんだもの…。
人間は、この大王や、バツの悪そうな顔をしている侍女達のような人が大半ではないか。
でもそんな人々にも火の鳥は心を込めて諭して、わかってもらおうとする。
玉三郎さんの心を表しているようだった。
最後、火の鳥はついに飛ぶ。歌舞伎座を緩やかに飛翔する玉三郎さんに神々しさすら感じた。これが人間国宝か…と思わず手をあわせてしまうオーラ。
花道を去っていく火の鳥とダンサー達…。
歌舞伎が作り出す非日常の結晶を浴びた1時間26分だった。